
2026年丙午の年が明けてしばらく経ちました。
今年は迷信を気にして出産を控えられている動きが出ているとも言われています。
ただでさえ少子化なのにこれ以上少なくなってはいかがなものかと心配してもどうにもならないけれど、どうにかしなくてはなりません。
そもそも政治がどうにか出来る事なのか…
子育てにかかる負担を解消すれば子どもを産むのか…
家族に対する価値観が変わりすぎてしまったからではないかと思うところ。
昔は共同生活があって、その中で各家庭は身を置いてきたが、家族と言う最小単位の社会でも個人で生活できるといった意識が芽生えている気がする。
となれば、家族がそもそも必要なのか…
自分一人でこのまま老いても最後は福祉が面倒見てくれる、なんて考えている人も少なくないような気がする。
スマホがあれば何でも出来る時代。
仮想的にもつながることが出来、都合の良い時だけ自分の見方をしてくれる人と繋がればよい。
寂しさも感じないからこそ、リアルに繋がることを不必要と感じ面倒にも思う。
だからこそ生身の人間ではなく、2次元の人と結婚しようとする人さえ出てきている現代。
これからの社会で「つながり」を訴えて響く人はどれだけいるのだろうと思う。
繋がることの大切さを知っている人は理解できるが、知らない人にはわずらわしさしか残らないような気がする。
古き良き時代を誰が訴え、誰がその良さを享受できるのか。
その疑問と戦いながらも「まちづくり」を進めていかなくてはならない。
日頃からの地域の繋がりを今一度大切にするしかないのだけれど…